催眠療法の長所

 現代人の問題は思考過剰からくる。何ごとも理性や自我意識で、うまくコントロールしようとし過ぎて身体のペースと噛み合わなくなってしまっているのである。行動する時に至ってさえも、いろいろ考え計らいすぎて心がまとまっていない。そんな状態では、ひと方向にしか動けない身体は身動き取れなくて固まるしかない。このような心身のバラバラ状態を統一するのに催眠体験が非常に有効なのである。ここにあげる催眠療法の四つの長所のうち三つまでがこの意識優先の動きを制して心身一如となれることからくる長所である。

 催眠の長所、それはまず『催眠に入るだけで深いリラクゼーションが得られる』点である。深い催眠状態になるには、できるだけ我を忘れることが必須となる。そのようにとにかく余計なことを考えないでいればそれにつれて心身は自然に深いリラクゼーションに入れるようになるのである。お酒を飲んでうまく酔っ払い、自意識を麻痺させて自己解放できるのと同じである。そこではさまざまな自己調整作用が、お酒を飲んで酔っ払った時よりもずっとうまく働くようになる。

 もうひとつは催眠を適切に体験すると『心身一如のコツを会得することができる』点である。私が催眠によってイメージトレーニングを手伝ったある楽器演奏者は、催眠状態において演奏のイメージトレーニングをしたさいに音楽に溶け込んで音楽を楽しんで演奏できた感じがした。彼女はそれまで長い間、演奏しようとするとある不安が高じてくるので、充分な演奏ができなくなるという悩みで苦しんでいた。彼女自身のいろいろな工夫の積み重ねもあってのことだが、このイメージトレーニング体験を最後のきっかけとして、その悩みを乗り越えることができたのである。

 また、ピアノの発表会であがってしまう恐怖で来談したピアノの先生がいた。カウンセ リングで話を聞いていると、彼女はとてもピアノが好きで子供時代から親しんだピアノは、彼女の大きな支えであったことがわかった。そこで、ピアノと触れ合っている場面を催眠状態の中でイメージしてもらい、そしてその中で子供の頃から親しんできたピアノに触れる喜びや楽しさなどをあらためて感じてもらうようにリードした。そしてピアノと一体になるようなイメージトレーニングを行った。彼女はその後、自宅に帰ってピアノを弾いたら「心からピアノが好きだ」という思いが込み上げて、涙が止まらなったと言っていた。この体験によって彼女は、自分の演奏を人がどう思うかなどにとらわれないでいられる、最も大切なもの。ピアノという味方と一体になって音楽に没頭できる喜びを会得できたのである。

 この二人は、ただイメージトレーニングをしただけでない。それよりも我を忘れて音楽や楽器への感情移入を強くできたことが良かったのである。我を忘れて物事に没入すれば、周りを気にしたりうまくやらねばなどと思う、こだわりや計らいなどの思念が働く余地がなくなるのだ。それによってのびのびと楽器の演奏と音楽を楽しむことができるのである。このような心身一如となるコツは自分一人ではなかなか得難い。信頼できる催眠誘導者などにリードしてもらい体験学習すればそれが会得可能である。

 三つめはこれは心理療法としての催眠療法の良さである。催眠に深く入れば入るほどに、意識的な思考活動などが収まり、イメージがリアルになるし自律的なイメージも出やすくなる。この『リアルイメージや自律的なイメージ』は心理療法にとってとても役立つものとなる。そこには視覚イメージだけでなくさまざまな感情や感覚が付随している。それが特に心の治療に役立つのである。それは無意識からの強いメッセージとして受け止められるものとなる。催眠で体験するイメージはそれが強くなればなるほど夢に近くなる。

 夢分析の心理療法もあるが、それがなぜ有効かと言えば夢が自らの内からの強力なメッセージとしての説得力を持つからである。例えば他人から説得された場合は、いくら自分にとって良いことでも納得できないことは多い。ところが自分の内面から意識に向けてくる夢は、あきらかに自分の中からのメッセージである。そのなかでもリアルすぎるくらいに感情を豊富に伴った夢はこちらも真摯に受け止めざるを得なくなる。それと同じように催眠状態の中で動き出すリアルな自律的イメージも当人に対するインパクトは強い。また、そんな自律的イメージに向き合いそれと適切な距離を持てるように工夫していくことも心理療法として、とても役立つものである。

 後ひとつ催眠療法の良いところは、日常と非日常をきちんと区別できる点である。カウンセリングの心理面接では、深い話が出た場合などに、カウンセリングが終わってからクライアントの中でおさまりがつかなくなる場合がある。そこでカウンセリングを終えた別れ際に、カウンセラーは日常的な話題を持ち出して少し話し合ってから帰ってもらうようにする場合もある。それによって、それとなく心の切り替えをしてもらうような配慮をしなければならないのだ。

 でも催眠を用いた心理療法には元々覚醒暗示がある。それにより催眠療法は、催眠状態にある時と覚醒して催眠から覚た時との区別がはっきりする。この点が心理療法の守りとして役立つのである。心理療法にはしっかりした枠組みが必要である。その守られた枠組みがあるからこそ、それまで受け止めかねていたものを安心して出すことができる。また出したり閉じたり両方がきちんとできないと、アクティングアウトなどと言われるような心理面接場面以外での行動化がひどくなる危険性がある。催眠療法では催眠を終わるさいにしっかりとした覚醒暗示を用いることによって、心理面接全体を終える手前にもう一段区切りをつけて守りを強くすることができるのである。

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